スタッフブログ-206


イメージの有効性と弊害(ちょっと長いです)

今日は「イメージ」が持つ有効性と弊害についてお話ししたいと思います。皆様はそれぞれ取り組まれている言語に関して何らかのイメージを持っていると思います。「日本語と違って回りくどい表現をする」、「発音の起伏がものすごい激しい」などなど、よくわからないけどこういう特徴がある、という事を感じていらっしゃると思います。
語学を学習する上でこれは非常に大切な事で、自分の持ったイメージを正確に体現できると、それはネイティブのモノマネになり、小難しい理屈を学習するよりも早く、時に正確にネイティブに近づくことができる事も多いです。僕の実感ですが、語学は観察とモノマネがうまい人は発達が早いです。恐らく、タモリに本気で語学を学ばせたら誰よりもうまくなるだろうと、彼の外国人のモノマネを見ているとよく思います。(彼は語学知識が一切ない状態でかなりの精度でそれっぽい・・・)このように、よく観察したイメージを元に語学を実践する事はネイティブに近づくために非常に有効であると言えます。
ただ、私たちが目指すものはタモリではなくネイティブスピーカですので、イメージに頼りすぎる弊害を知っておかなければならないでしょう。僕が韓国に留学していた頃に体験した、イメージが悪い方に出た例をご紹介します。皆様も同じイメージを持っていると思いますが、韓国語は発音に感情を含み、非常に起伏に富んだものであると多くの人は思っています。僕もそう思っていました。なので、極力韓国人の発音を見て美しく・かっこよく・ネイティブっぽく抑揚を付ける努力をしていました。周りの仲間もそうだったと思います。とにかく皆抑揚に拘る。しかし、韓国人の友達が増えて、言われた事は「おまえの発音は田舎っぽい」。もっと言えば日本人の発音はすべてそう聞こえるという事。突き詰めて、友人と話しているとどうやら原因は僕らが拘っている「抑揚」にあるようなのです。実は韓国語、特にソウルの言葉は日本語に比べてもまったく抑揚がない言葉だったのです。(これは後に韓国語の先生に聞いて言語学的にもそうだという事がわかりました。だったら早く教えてくれ!!)そこで、一所懸命抑揚を失くす訓練をしたら、明らかに発音だけは周りの仲間と差がつきました。皆が持っているイメージと逆の事をする事でネイティブっぽくなる事ができたのです。
これは一例ですが、恐らく他の言語でも同じ現象は起きているはずです。日本に住んでいる外国人も日本人が多用すると思っている表現を、ならって多用しすぎて逆に不自然になっている人を多く見かけます。
イメージが強い特徴ほど、それが正しい事なのか、正しくても特徴に拘りすぎていないかを見極める努力が必要だと思います。
ここから僕らの学校の宣伝になってしまいますが、韓国留学までしながらも皆一斉に同じ穴に落ちていたのは、教室には色々な国籍の生徒がいて、一々、日本人のみが持っているイメージまで修正していられないからです。恐らく、個人レッスンであれば、率先して修正してくれていたでしょう。また、韓国に住んでいる講師なので、日本人の癖として諦めていた可能性もあります。癖ではなく、間違ったイメージなんです。
やはり、そういう点を一人一人、癖と決めつけず間違ったイメージを修正してくれるのは、日本人をよく理解している「マンツーマン講師」か「率直な友人」です。僕は運良く歯に衣着せぬ友人に出会う事ができましたが、運任せでは心もとないですので、是非よい講師に出会ってよりネイティブに近い言葉を身につけて下さい。